有効電磁気力としての慣性力

今回のあらすじ

  • 使用上の注意(追記 2018/01/28)
    • 非慣性系に発現する慣性力は、電磁気力のアナロジーとして取り扱えることを紹介しますが、もちろん電磁気力そのものではないので、適用範囲に注意する必要があります。
      • その適用限界に敏感・慎重になるには、一般ゲージ場や曲がった時空の場の理論について学ぶ必要があります。
    • 以下は、アナロジーに過度な期待をせず、一般ゲージ場や曲がった時空の場の理論への誘いといった趣旨で楽しんでいただけると幸いです。
  • 回転系の自由粒子に働く遠心力とコリオリ力は、有効電磁気力とみなせる
  • 測地線方程式の特殊な場合としての回転系の自由粒子の運動方程式
  • Stewart-Tolman effect
  • 参考文献(追記2018/12/09)

回転系に発現する有効電磁場

角速度 \( \omega \) で回転する座標系上では回転中心からの位置 \( r \)にある質量 \( m \)の質点には、

遠心力

$$F_1 =\, – m \omega \times (\omega \times r) = m\omega^2 r – m(\omega \cdot r) \omega$$

とコリオリ力

$$ F_2 =  2m \dot{r} \times \omega$$

が働くことが知られています。

遠心力\( F_1 \)は速度\( \dot{r}\)を含まないのに対して、コリオリ力\( F_2 \)は速度\( \dot{r}\)の外積を含みます。

一方、慣性系で電場\( E \)と磁場\( B \)がかかっているとき、質量\( m \)、電荷\( q \)の荷電粒子にはローレンツ力

$$ F_{\rm em}  = q (E + \dot{r} \times B)$$

が働きます。ローレンツ力\( F_{\rm em} \) と遠心力・コリオリ力 \( F_1 + F_2 \)を比べると、

遠心力とコリオリ力は、有効電場 \( E_\omega = -\frac{m}{q}\omega \times (\omega \times r) \)と有効磁場\( B_\omega = \frac{2m}{q}\omega \)によるローレンツ力とみなせます。

つまり、回転系の運動方程式

$$ m \frac{d^2 r}{dt^2} = F_1 + F_2$$

は、有効電磁場を使って、

$$ m \frac{d^2 r}{dt^2} = q (E_\omega + \dot{r} \times B_\omega)  $$

と表せます。

このように回転系(非慣性系)における質点に働く遠心力やコリオリ力(慣性力)のことを、電場や磁場の発生している慣性系の電磁気力の問題に帰着できます。

遠心力はともかく、コリオリ力ってイメージしづらいのではないかと思いますが、回転軸方向に(有効)磁場が発生していると想像して、一様磁場中の荷電粒子の運動と同様に考えることができます。

現在の物理学のカリキュラムでは非慣性系の運動よりも、慣性系の電磁場中の荷電粒子の運動の方になれている人が多いと思いますから、このように非慣性系に発現する慣性力(名前がややこしいですね、、、なぜ「非慣性力」と呼ばないのでしょうか)は、有効電場か有効磁場に換算して考えるというのが便利な理解の仕方、直観の利かせ方になります。

一方で、歴史的には電磁気力よりも遠心力・コリオリ力の方が古いはずなので、最初に電磁気力を理解しようとした人は、ローレンツ力を有効遠心力・有効コリオリ力と考えたりしなかったのでしょうか?などと妄想します。

 

回転系の測地線方程式

ところで、曲がった時空上の自由粒子は測地線を描くことが知られています。測地線の方程式は

$$ \frac{d^2 x^\mu}{d \tau^2}  + \Gamma^\mu_{\alpha \beta} \frac{dx^\alpha}{d \tau}\frac{dx^\beta}{d \tau}=0$$

であり(\( \alpha, \beta, \mu \) は\( ct,x,y,z\)をとる)、アフィン接続 \( \Gamma^\mu_{\alpha \beta}  \) が重力場や慣性力の効果を表します(等価原理によると局所的には重力場と慣性力は区別できず、いずれも接続の効果として表現されます)。

とくに、一様回転系のアフィン接続( \(c\)は光速度、\( i,j,k \)は\(x,y,z \)をとる)

$$  \Gamma^0_{00} = \Gamma^0_{i0}=\Gamma^0_{ij}=\Gamma^i_{jk} =0           $$

$$  \Gamma^i_{00} = \epsilon_{ijk}\omega_j (\omega \times \dot{r}/c)_k, \Gamma^i_{j0}=-\epsilon_{ijk}\omega_k/c           $$

を測地線方程式に代入して\( m \)を掛けると

$$ m \frac{d^2 r}{dt^2} = F_1 + F_2$$

が再現されます。

一般相対論や微分幾何の入門書やでは、2次元球面上の測地線(最短距離)が大円になることを示す問題や、アフィン接続がミンコフスキー計量からの微小展開でニュートンの万有引力が再現されることが解説されていますが、あまり回転系の計算は登場しません。

遠心力やコリオリ力のことをご存じでしたら、回転系の測地線方程式のアフィン接続が回転系の質点に働く遠心力とコリオリ力を再現することを確認してみると、測地線やアフィン接続のことがぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。

さらには、

「遠心力とコリオリ力(慣性力)は、有効電磁気力に換算できる」

と、

「慣性力と重力は(局所的には)等価」

を考慮すると、重力場を有効電磁場とみなせる、ということにもつながります。実際、(ある条件下での)重力場を有効電磁場として取り扱うと便利な場面があります(例えば太田浩一「マクスウェル理論の基礎」など参照)。

Stewart-Tolman effect

電磁気力と重力や慣性力というのは似ている、といいました。

では、有効電磁気力としての慣性力をつかって、物質の電気的磁気的性質を制御できないだとうか?と考えた方がいらっしゃるかもしれません。

実は100年ほど前に、慣性力を使って様々な金属中の質量電荷比(\( e/m\))が測定されています。

並進加速度\(a\)で加速する非慣性系上には慣性力

$$ F_3 = – ma $$

が働きますが、これは有効電場 \(  E_a = -(m/q)a \)による電気力

$$ F_3 = q E_a $$

と見なせます。車の中で急発進、急ブレーキで感じられる力は、有効電場からの力と思っていいというわけです。

そこで、コンデンサーにつないだ金属を建物の屋上から放り投げて地上にある砂場に突き刺します。このとき、急ブレーキがかかって、金属中の荷電粒子は有効電場からの力を受けて、コンデンサーに電荷が蓄積します。この蓄積量から、質量電荷比を決定できます(Stewart-Tolman effect)。

磁気回転効果

回転は有効磁場とみなせるといいました。

鉄などの強磁性体に磁場をかけると磁気量が変化します。それでは、強磁性体を回転させるとやはり磁気量は変化するのでしょうか?

1915年、バーネットによって実際に鉄などの強磁性体を回転させることによって磁気量が変化することが発見されています(バーネット効果)。

また、この逆過程として、天井から吊した強磁性体に磁場を掛けることによって磁気量を変化させることで、強磁性体が回転する現象が、アインシュタインとド・ハースによって発見されています(アインシュタイン・ドハース効果)。

これらは、磁気回転効果と呼ばれ、磁性と回転運動の相互変換になっているのですが、上記のような質点に働く慣性力の問題だけではその機構を説明できませんので、詳細はまた別の機会に。

(最後に宣伝)非慣性系の物理現象に興味を持っていただいた方は、物理学会誌2017年9月号解説記事「非慣性系のスピントロニクス(著者最終稿)」をご覧下さい。

 

関連文献

村山斉さんの講義ノートのページにある、「Electromagnetic Couplings」にも電磁相互作用と慣性力の類似が述べられていました(他の講義ノートもすばらしい。宝の山です):

Miscellaneous Notes>Electromagnetic Couplings

 

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