理論物理学者に市民が数学を教えようの会 第3回 水素原子と場の量子論,量子力学の空間設定と代数学への誘い(テンソル積の話)

今回はテンソル積の話です

対象は水素原子

外場として古典電磁場を入れる場合,古典電磁場と水素原子中の電子はエネルギーのやり取りをせず,摂動作要素として,シュタルク効果やゼーマン効果が得られる.
実際には,励起状態にある電子は準安定状態であって,ある時間スケールで基底状態に遷移し,photonを放出するわけですが,それを記述するには,量子電磁場として,電子系と相互作用させる必要がある.

このとき,「ヒルベルト空間は,水素原子の空間と量子電磁場のフォック空間のテンソル積になる」のように,対象となる集合を明示するのが大切.


電磁気や連続体力学の物理の教科書に登場するテンソルは$F_{\mu\nu}$みたいに添え字がたくさんかかれたもの.つまり,基底を書かずに成分だけを取り出した表記でかかれているけど,これが,$V\otimes W$のような線ソル積と本質的に同じものなのに,似ても似つかないものとに見えてしまいがち.


代数的テンソル積の導入としての関数のテンソル積

1変数関数$f,g$のテンソル積を$f\otimes g$と書くことにすると,$f\otimes g(x,y) = f(x)g(y)$という2変数関数のこと!
一般に,$f\otimes g(x,y) = f(x)g(y) \neq g(x)f(y) = g\otimes f(x,y)$なので,テンソル積は非可換.

なお,与えられた2変数関数は変数分離型では書けないが,位相を導入して閉包をとることで(無限和まで考えることで)級数和で書くことはできる! $L^2(\mathbb{R}^2) = \overline{L^2(\mathbb{R})\otimes L^2(\mathbb{R})}$

これは,有限の有理数列は実数の近似,無限の列を考えると実数を表せるというのと同じキモチ(おお!!)
たしかに!実数論〜解析学から代数学へという流れで,実数論を通した位相の勉強のモチベーションもとても上がります!

また,偏微分方程式の変数分離 $R(r)\Theta(\theta)\Phi(\phi)$も状況は全く同じ.角度成分については有限だけど,$r$については無限和をとって一般解を構成する(おお!!)
フーリエ級数やフーリエ変換も同様(実は,それぞれ$\mathbb{Z}$,$\mathbb{R}$の表現論として面白い話につながるらしい.$\mathbb{Z}$の双対群=トーラス,離散群とコンパクト群の関係 ex. Peter-Weylの定理 ).


群の表現論の入り口として,場の量子論で対称群もオススメ


ボソン,フェルミオンを表すにはそれぞれ対称テンソル,反対称テンソル.対称群とその部分群の無限次元ユニタリ表現を考える.(対称群そのものではなく,それに対応する射影作用素やユニタリ作用素を使う, 群の作用を関数に持ち上げるといった処理もでてくる)


相互作用のない系の数学的定義について

粒子と場の相互作用の無い系を定義しておく.
N個の粒子系(主に電子,いま注目したいのは励起の準安定状態なので簡単のためスピンレス)は,
$
\begin{aligned}
L^2(\mathbb{R}^{dN})
\end{aligned}
$
一方,電磁場はフォック空間
$
\begin{aligned}
\mathcal{F} =\bigoplus_{k=0}^\infty \otimes_s^k L^2(\mathbb{R}^3) = \bigoplus_{k=0}^\infty L^2_{\mathrm{sym}}(\mathbb{R}^{3k})
\end{aligned}
$
両者が共存する系を記述するヒルベルト空間$\mathcal{H}$は
$
\begin{aligned}
\mathcal{H} = L^2(\mathbb{R}^{dN}) \otimes \mathcal{F}
\end{aligned}
$

これに作用するハミルトニアンは
$
\begin{aligned}
H_0 = H_p \otimes 1 + 1\times H_f
\end{aligned}
$

ここで,
$
\begin{aligned}
H_p = \sum_{k=1}^N 1\otimes \cdots\otimes (-\Delta_k +V(x_k))\otimes \cdots \otimes 1 + \sum_{i,j=1}^N U(x_i-x_j)
\end{aligned}
$

$
\begin{aligned}
H_f = \int_{\mathbb{R}_k^d} \omega(k) a^* (k) a(k) dk
\end{aligned}
$


感想など

テンソル積を自分なりに納得したキッカケは,J.J.サクライで2体問題の量子力学の解説で,1体のハミルトニアンを$H_1$, $H_2$とするとき,2体のハミルトニアンは,$H = H_1 \otimes 1 + 1 \otimes H_2$のようにテンソル積を使ってより大きなヒルベルト空間を扱うと知ったことでした.そこから,波動関数の積が現れることから,テンソル積の空間から,2つの関数の積が得られるという流れで,抽象線型代数で齧っていたテンソル積空間の話が,具体的な物理の計算例を通じてしっくりきたのでした.

そんな私にぴったりの流れで,テンソル積の導入のお話.齧っただけでバラバラの知識だったものが,またしてもどんどんつながっていきました😊

関根さん,今回も楽しい講義をありがとうございました!!