理論物理学者に市民が数学を教えようの会 第4回

第4回.今回はいよいよ弱収束の話でした!


前回までの復習.

  • 水素原子の問題
  • 励起状態を準安定状態として扱うためには?
    • エネルギーのやり取りができる対象として量子電磁場を入れる→数学的には,ヒルベルト空間自体を拡張する.
    • 外場としての古典電磁場では,だめ()シュタルク効果やゼーマン効果になってしまう
  • テンソル積空間の話
  • 一般の線型空間よりも内積空間の方が代数的な面倒が減る
  • 関数のテンソル積を考えるとイメージしやすい.
    • 非可換性
    • 位相・閉包の重要性もわかりやすい
    • 偏微分方程式の変数分離解法
  • 表現論
  • 物理の例としては,対称群がよいのではないか

粒子系と量子電磁場のテンソル積空間を考える.
$N$個の粒子系 $L^2(\mathbb{R}^{dN})$
量子電磁場のヒルベルト空間は,フォック空間$\mathcal{F}$
このとき,両者が共存する系のヒルベルト空間を$\mathcal{H}=L^2(\mathbb{R}^{dN})\otimes\mathcal{F}$
以下,簡略化のため1粒子で,電磁場のminimal coupling $\Delta \to (p-eA)^2$を考える(さらにここでは微妙な問題は取り扱わず,$e^2A^2$は落とす).
$
\begin{aligned}
H_0&=H_p \otimes 1 + 1 \otimes H_f + g H_I\\
H_p &= -\Delta +V(x) \\
H_I& = \int_{\mathbb{R}^3} \phi(x) dx \\
\phi(x)& =\frac{1}{\sqrt2} \left(a^*\left(\frac{e^{-ikx}\hat{\phi}}{\sqrt{\omega}} \right)+ a\left(\frac{e^{-ikx}\tilde{\hat{\phi}}}{\sqrt{\omega}} \right)\right)
\end{aligned}
$

$\tilde{\hat{\phi}}(k)=\hat{\phi}(-k)$


赤外切断によるwell-definedness

定義関数$1_{[\kappa,\Lambda]}(k)$で赤外と紫外にそれぞれ$\kappa, \Lambda$のカットオフを入れる.


$$H^{\kappa,\Lambda}_{I} = \int{\mathbb{R}^3}\phi^{\kappa,\Lambda}(x)dx $$
$$\phi^{\kappa,\Lambda}(x) = \frac{1}{\sqrt2} \left(a^*\left(1_{[\kappa,\Lambda]}\frac{e^{-ikx}\hat{\phi}}{\sqrt{\omega}} \right)+ a\left(1_{[\kappa,\Lambda]}\frac{e^{-ikx}\tilde{\hat{\phi}}}{\sqrt{\omega}} \right)\right)$$

今は非相対論的な場合を考えているので紫外切断はとくに問題ないはずで,ここで注目したいのは赤外発散.よって以下では$\Lambda$は略す.

$\kappa>0$のとき$H^\kappa = H_0 + gH^\kappa_I$は基底状態$\Psi^\kappa$を持つ.ここで$\kappa \to 0$で期待する振る舞いは(証明は難しいらしい):

  1. ハミルトニアン$H$は「準安定状態」を持たないが,基底状態を持つ
  • 作用素$H$のスペクトルの加減は固有値
  • 規定エネルギー以外に固有値を持たず,$H_p$の基底状態以外の固有値はすべて「準安定状態」になる
  1. 基底状態の列$\Psi^\kappa$は$\Psi^0$に収束する
  2. 収束した状態$\Psi^0$は$H$の基底状態になっている.特に$H$は基底状態を持つ.

ここで,「2→3」で,収束の意味をちゃんと考える必要がある.というのも,「状態ベクトルは1に規格化されているにも関わらず,0に収束してしまう」から.

物理として解決すべき問題は

  • 基底状態の列を非零のベクトルに収束される方法を編みだす
  • 収束させたベクトルがもとのハミルトニアン$H$の基底状態になっていることを示す

そもそも「長さ1のベクトルが0に収束する現象」とは? > 弱収束


弱収束による0への収束

非零の関数が原点以外ですべて0になってしまう例として,$\delta$関数近似列 $\delta_N = \sum_{k=-N}^N e^{ikx}$を思い出すと,すべての$N$に対して非零の関数.この極限はディラックのδ関数で,原点で∞,それ以外はすべての点で0(ほとんどいたるところ0の関数).

興味深い物理の例としてLSZ reduction formula. ユニタリ作用素の列$U_n\to U$の収束.相対論的場の量子論でなんとか収束させたいが,なんと作用素ノルム$|U_n-U |$では収束しない(!).$\langle \Psi, (U_n-U)\Phi \rangle$という行列要素の収束を考える(おお!)

以下では,この「内積を通じて定義された収束」を考えるのがポイントになる.


ヒルベルト空間での弱収束の例

「長さ1のベクトルが0に収束する現象」をイメージしやすい例.
$L^2(\mathbb{R})$上で$\psi_n(x) =1_{[n,n+1]}(x)$という定義関数の列を考える.これは$|\psi_n |_2 =1$だが,$n\to \infty$で$\psi_n$は0に各点収束する.

Proof. すべての実数$x$に対して必ず$xN$とすれば$\psi_n(x)=0$であり,すべての$x$に対して$\psi_n(x)\to0$をみたす.
(こういう議論,慣れていないので,丁寧に解説して頂いた)

各点収束という「各点」を表に出さずに収束をを議論したいというのが,強収束,弱収束というはなし.


ベッセルの不等式から,正規直交系は0に弱収束することが直ちにいえる.
ベッセルの不等式とはこちら:
$
\begin{aligned}
\sum_{n=0}^\infty |\langle \phi, \psi_n \rangle|^2 \le | \phi |^2
\end{aligned}
$
完全系なら等式がなりたつ.一般の正規直交系なら不等号.
さらに,左辺の無限和が収束するということは,一般項 $|\langle \phi, \psi_n \rangle|^2$は0に収束する.

これは「正規直交系は弱収束している」を意味している(おお!)


一方で,強収束はしない.
$n\neq m$に対して,
$
\begin{aligned}
|\psi_n-\psi_m |^2 = | \psi_n|^2+| \psi_m|^2=2
\end{aligned}
$
つまり正規直交系はコーシー列にならない(おお!5億年ぶりにコーシー列の議論をみました)

強収束:ノルムの収束 (自力収束するもの)
弱収束:内積で収束(自分自身ではなんともならない,制御不可能でも,友達を引っ張ってくるとうまい振る舞いをしてくれるもの)


非零のベクトルに収束させるために

超関数論の議論($\delta_n$を$\delta$に収束させる処方箋)が示唆的.

関数の空間に棲んでいる$\delta_n$を積分を使って,$T_{\delta_n}(\phi) = \int_{\mathbb{R}}delta_n(x)\phi(x) dx$で定義される汎関数$T_{\delta_n}$を考えて,$\delta_n$を$C^\infty_c(\mathbb{R})$の双対空間に埋め込む!
(最初,このステートメントが,縦ベクトルに対する横ベクトルという関係での双対空間の例とつながらなかったので,双対空間と埋め込みについて,丁寧に解説していただきました)

この方向性で,$H^\kappa$の基底状態$\Psi^\kappa$をどう処理するかの1例:

  • あるヒルベルト空間の元$\Psi^\kappa$から内積を使って$\psi^\kappa(A) = \langle \Psi^\kappa, A \Psi^\kappa \rangle $という汎関数を作る.
  • 特に,ヒルベルト空間ではなく,有界な線形作用素がなす空間(作用素環)の双対空間(線型汎関数の空間)$\mathcal{S}$に埋め込む.
  • $\mathcal{S}$の適当な弱位相を使って$\psi^\kappa$が非零の元に収束することを示す
  • 収束した元が$H$の基底状態であることを示す

強収束・弱収束,コーシー列,ベッセルの不等式と,いよいよ私がこれまで向き合うキッカケを失い続けていた解析に,ついに自分史上最高のモチベーションで向き合うキッカケをいただいた回でした.

原子の準安定状態,それを数学的に取り扱うための厳しさという,絶妙の具体例に対して,弱収束のキモチや,収束の議論で高校数学や学部1年で習った初等的な例とのつながりと丁寧に解説していただきました.そのおかげで,初めて目にする議論なのに,自然に身の回りにありふれたものに気付いていなかっただけであること,ありふれたものだからこそ,新しい概念を通じて,見直したいと思いました.学部1年のころに解析の単位をとるためだけにさら〜っと眺めた実数論もしっかり学びます!関根さん,今回も楽しいお話をありがとうございました!
次回も楽しみです!!