中嶋慧・松尾衛『一般ゲージ理論と共変解析力学』(現代数学社・2020年10月出版)のサポートページです. こちらの中嶋さんのwebsiteもご覧ください.

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まえがき

本書は、(質点系の)解析力学の基礎と特殊相対論の基礎を修得している読者を対象に、一般ゲージ理論の入門を微分形式を駆使しながら行うことを目的とする。

ゲージ理論とは、局所的な連続変換に対して理論が不変となるような系を扱う場の理論である。特に量子化された場に対してはゲージ場の量子論と呼ばれる。自然界の4つの基本的な相互作用のうち重力を除く、電磁気力, 弱い力, 強い力と、電子やニュートリノ, クォークといった素粒子を記述する標準模型はゲージ場の量子論の一例である。また素粒子現象に限らず、様々な物性現象もゲージ場の量子論を駆使することで、その微視的な性質が調べられている。

古典論に限定するならば重力を含む上記の4つの相互作用は、内山龍雄によって1956年に発表された「一般ゲージ理論」(R. Utiyama, “Invariant Theoretical Interpretation of Interaction”, Phys. Rev. 101, 1597 (1956) )によって統一的に記述される。内山はこの論文においてNoetherによる不変変分論に基づき、「局所的変換に伴う接続」という概念によって重力と電磁場とを統一的に扱うゲージ場の一般論を構築した。その後、強い力と弱い力もこの理論枠組みで記述されることがわかった。

ところが、重力場の量子論が未完成ということもあって、ゲージ場の量子論の前段階である「ゲージ場の古典論」を学ぶ際にも、重力場は除外されることが一般的である。そうした事情により、内山による一般ゲージ理論を学ぶ機会は物理学科に進学したとしても、ほぼない。

著者の一人(松尾)は、自身の物性物理研究において、弾性変形したり流体運動する物質中の電子スピンの性質を調べるといったテーマに取り組む中で、その系を記述する有効模型を構築するために、泥縄的に文献にあたり、内山流の局所ローレンツ変換の下で不変となるようなスピノール場の有効作用を出発とする理論構築法にたどり着いたが、そもそもどんな文献にあたれば良いのか暗中模索で、右往左往してきた(この経緯については、松尾衛『相対論とゲージ場の古典論を噛み砕く—ゲージ場の量子論を学ぶ準備として—』(現代数学社, 2019年)に書いた)。そこでは、与えられた方程式を上手く解くというよりも、対象とする系を精密に記述できる方程式を、明解な原理(ここでは局所ローレンツ対称性)の下で導出することが求められていた。そのような経緯からも、一般ゲージ理論の枠組みで、様々な局所ゲージ対称性を持つ基本方程式を系統的に導く方法をまとめた文献を渇望していた。しかし、このような内容は学部レベル教科書で扱われることはなく、内山自身による一般ゲージ場の教科書か超重力理論の教科書にあたるしかなかった。

また、場の古典論の煩雑極まりない計算は、微分形式を使うことで見通しよく行えることも聞きかじっていたので、できることなら、内山一般ゲージ理論を微分形式の言葉で学べるようなものが欲しいと願っていた。そんな中、かつて学生の頃に読んだ中村匡さんの微分形式を用いた電磁場の解析力学に関する定式化(中村匡「微分形式で見た電磁気学:あるいは2+1次元人の電磁気学と時空平等解析力学について」(物性研究第79巻1号p.2からp.42 )の発展版として、本書のもう一人の著者(中嶋)によって、微分形式を用いた解析力学が定式化されていることを知り、声がけをした。共変解析力学と名付けられたこの理論においては、正準形式が共変的に扱えるとともに、重力場を含むゲージ場が非拘束系になるという著しい特徴がある。かつてあれほどまでに悩まされた、煩雑なゲージ固定やディラック括弧が不要となり、その結果、極めて見通し良くゲージ場の正準形式を俯瞰することが可能であることを学んだ。そこで、

  • 一般相対論を学ぶなら重力場とディラック場の結合も扱うべき
  • なるべく早い段階で一般ゲージ理論を学ぶべき

と意気投合した二人の著者が「内山の一般ゲージ理論+共変解析力学」によって「一般ゲージ場の原理からの基本方程式導出」に焦点を絞る構成でまとめたのが本書である。一般ゲージ理論の枠組みで扱える全ての古典場を網羅してある数少ない本の一つであり、共変解析力学を解説する初めての和書でもある。

執筆当初は、松尾前掲書に統合する予定だったが、内容的にも分量的にも分冊が適切と判断し、前掲書はゲージ場の古典論のガイドブックに徹し、本書では、実際に一般ゲージ場の基礎的な計算に向き合う内容とした。微分形式を駆使してもなお、簡単になったとは到底いえない計算が続くので(とはいえ、微分形式なしでは絶望的な計算量であるという実感を、読者とわかち合えることを願っている)、本書の計算を初読時に完全制覇しようと思わず、適宜読み飛ばしながら取り組んで欲しい。読み飛ばし方を含めた本書の道案内については、第0章に詳述した。本書が、高度なゲージ理論への入門の一助となれば幸いである。

目次

目次はこちらのファイルからご覧ください.

 


Web付録

本書では割愛した内容をWeb付録として公開します.

非慣性系

重力のラグランジアン形式

アインシュタイン作用の変分

カルツァ・クライン理論と初期の非可換ゲージ理論

平行移動


誤植一覧

初版第1刷, 第2刷

  • p.178, p.179の記述のうち、$S_{c,ab}$に関する部分に関する修正:
    • (11.3.14)ではβ = 0とした式が正しい。
      βに比例する項は(11.2.31)の第2項に由来するが、この項は$θ^a$, $dθ^a$とディラック場のみで書け、$ω^{ab}$を含まない。
    • また、(11.4.4)の以下の2文:
      (11.3.14)より、$\mathcal{T}_a = 0$であり、11.2.5節および第F章のディラック場の議論で、捩率の影響$\mathcal{T}_a$は消える。
  • 11.6.2節脚注15 a_6 R_{abcd}R^{bcad}ηの項もあり得る。(11.6.2)ではa_6も0である
  • p.41の下から2番目の段落は、第3文目「しかし、この原理はやや曖昧であるし、…」を「しかし、この原理はやや曖昧である。」と変更し、第4, 5文目をカット。
    第6文目はそのまま。
  • p.42の最後の段落の前に以下の文を追加:
    (5.5.14)式は置き換え仮説(1)の反例となる。
    特殊相対論では、(5.5.14)式で共変微分を微分に、リッチテンソルを0にした式が成り立つ。
    その式で微分を共変微分に置き換えても、もとの(5.5.14)式にならない。
  • p.94で(5.5.14)の後の文の「(5.5.14)の左辺の…。つまり、この式は…一例である。」をカットして、代わりに、以下の文を追加:
    特殊相対論では、(5.5.14)式で共変微分を微分に、リッチテンソルを0にした式が成り立つ。
    その式に置き換え仮説(1)を適用すると、(5.5.14)式でリッチテンソルの項を落とした式が得られ、その式は正しくない。
    置き換え仮説(1)にはこのように反例がある。
  • p.14の(1.1.4)式の下の「運動量方程式」→「運動方程式」
  • 3.7.2節に微分形式ω, ψの積ω∧ψの外微分の公式 d(ω∧ψ) = dω∧ψ + (-1)^p ω∧dψ (ただしωはp形式)を明示すべきでした

初版第1刷のみ

  • (2.6.27) 式 $d \mathbf{x}/dt$ → $\mathbf{v}$
  • p.106の8.1節の一文目:「前章ので」→「前章で」
  • p.311の(E.2.7)の$g_{cd}^{(q,p)}$→$\overset{\circ}{g}_{cd}^{(q,p)}$